公夫さんが戻ってきて、「またせてしまってごめんね」と言った。
 部屋を見回すことに飽きてからは、俯いて床の毛混のカーペットの幾何学模様を眺めたり、壁の木目や、細長い鳥を十字に交差させた紋様の天井を仰いでみたり、置いてあるものをじっと見つめたりしていた。部屋の奥には明るい色の木のデスクがあり、ノートパソコンがその真ん中にあり、右端には紙が積み重ねてあり、左奥には筆記用具やはさみなどを差し入れたコップ状の陶器があった。デスクの左手にはテレビ、その後ろの壁には木の実や動物の角や骨を使っているように見える乳白色や生成り色や濃い茶色の首飾りが掛けられてあり、右手にはデスクと同じ色の本棚があった。棚の空間は三つに区切られていて、下の二つには本がびっしりと入っていて、一番上には疎らに本があり、倒れているものもあればかなり斜めになってなんとか立っているものもあり、そのかなり斜めになっている本を倒れないようにしているのは、ウイスキーの濃い茶色の瓶だった。
 朝ごはんにしましょう、と言って、彼は僕の手を取った。
 旅館のように大きな玄関を出て、外の空気を吸った。
 少し痛いほど涼しい青い空気だった。さっき窓から見た塀の向こうには、木造の大きな家の二階の部分と屋根が見えていた。その建物の門の側を通り過ぎて、石の階段を降りていった。頭上には、階段の方にしなっている枝の葉が屋根のようにしてあった。その隙間を覗いて下を見ると、寒気がするほど、階段は続いていた。公夫さんは同じような力でずっと手を握っていた。
 階段を降りて、真っすぐ歩いた突き当たりに、小屋があった。表には2つ、低い木のベンチが置かれてあった。公夫さんは僕の手を離し、薄暗い小屋の中に入った。戸は開け放してあり、中には、テーブルと四つの椅子の組み合わせが幾つかあり、奥には座敷があった。
「おはよう」と公夫さんは、僕の見えない部屋の奥に向かって言い、そちらから「おはよう」と公夫さんより低い声が返ってきた。
「何か出来る?」
「ああ、もうあるよ」
 小屋の中のセメントの床に少し散らばっている砂利が、二人が少し動く度に鳴って、狭い空間に籠り、少しだけ僕の方に零れてきた。二人の声も同じように、低く淡く響いていた。
「清二くんここに座って。何食べる?」
 公夫さんは座敷に座り、もう一人の男の人は「いらっしゃい」と低い調子のまま言いながら、見えない方に戻っていった。
 小屋の中のセメントは土よりも冷えていて、入った瞬間は体が冷やりとしたけれど、すぐに、外よりは暖かいと感じた。
 靴を脱ぎ、座敷に座り、掘りごたつに脚を投げ出した。左手の窓の向こうには空と、遠くにある白く霞んだ町と、手前の木の枝葉があった。
「メニューはあそこに掛けてあるから」
 窓と反対の方の壁の、開け放した戸の上を指して公夫さんは言った。
 最初に目に入ったのは山菜うどんだった。他には肉うどん、天ぷらうどん、にゅうめん、たこ焼き、あんころもちなどがあった。
「うどん食べられる? そばもあるみたいだけど……」
 僕が頷いて、うん、じゃあ山菜うどん2つ、と公夫さんが言うと、呻くような返事を、奥の男の人はした。