優しい言葉を集める

 何度か会ったことがあるのだが、声も顔も思い出せない人から、何度も手紙をもらう事になった。書かれているのは、彼女の近況と、僕に対する呼びかけだった。近況は、主に彼女の感情、怒りや寂しさだった。実際何があったか、書いてあることは珍しく、書いてあったとしても、理解出来る部分はほとんどなかった。それでも僕は、一字一字を、大事に読んだ。彼女に対する手掛かりは、その手紙しかないように思えたからだった。電話することも、会うことも、やろうと思えば出来ることだった。けれど、彼女を理解するのに、それらのことは役立つとは思えなかった。彼女の素直な言葉を聞くことは出来ないと思えた。それに、僕も、素直になれるとは思えなかった。実際に僕は彼女に対して、積極的に言葉をかけた記憶がない。ただ頷くだけか、話を合わせることしかしなかった気がする。それに、手紙の返事も書いたことがない。それ位に、彼女の存在を、僕は怖れているのだと思う。だから、慎重になっている。
 彼女から電話があったとき、最初は出ることも出来なかった。何度目かで、やっと出ることが出来た時も、はい、はい、と返事を返すだけで精一杯だった。それ以降に電話がかかって来たときには、出ることもあれば、出ないこともあった。出たときには、返事をするだけでなく、話を促すこともするようになっていった。けれど彼女は、素直になる直前で、その心をまた、怒りや寂しさの中に隠すのだった。今さら素直になることは、一番危険なことなのかもしれない。彼女にとっても、僕にとっても。
 話を聞くこと以上の、心の開き方を、僕は知らない。僕の今までの気持ち、感情を、そのまま話せばいいのだろうか? 本当は甘えられるのではなく、甘えたいということでも、言えばいいのだろうか? 首を絞めたいくらい憎んだことも、会いたいと思っても誰にも言えなかったこととかを、話したらいいのだろうか?
 何処まで話していいか、分からない。憎しみを抱いたことがあること以外を話せば、もしかしたら、もっと通じ合えるかもしれない。全てを話すには、あまりに早すぎるような気がする。
 急激に関係が良くなることは望めない。一生通じ合うことがなかったとしても、関係を絶つことだけはやめよう。
 これまで、一瞬彼女が息を呑んだときや、一行僕に対して励ましの言葉を書いてくれたときのこと、そういう一つ一つの事を忘れず、他の雑多な悪い言葉に惑わされずにいれば、少しずつ、複雑に絡まった糸を、解いていけるかもしれない。