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「それは、元生くんにもらったの?」
 筆を足元のパレットに置いて、振り返り、僕の持っているトートバッグの中を覗き、少年ような口調で、少し高い声で、おじいさんは言った。
 頷くと、
「お茶を持ってきているから、一緒に食べようか」
 と言うと、おじいさんは頷く間もなく、小屋の方へ歩いていった。ついていき、横開きの戸の前に着くと、中には入らない方がいいよ、と振り返って言い、左手の平をこちらにかざして、小屋の中に入っていった。
 戸は自動的に、緩やかに閉じていった。中から、色んな煙の混じった匂いが零れてきていた。
 水筒を持って出て来て、「あの辺りで食べよう」と絵のセットの前辺りを指して、おじいさんは言った。
 座って、おじいさんとの間にトートバッグを置いて、木の皮を取り出した。
 木の皮を開くと、三つ横に並んだあんころもちがあった。
 おじいさんは、水筒のふたを外して、芝の上に置き、中の白い内ぶたを取り出して、水筒の栓を少し緩めて、お茶を注いだ。それを差し出したので、僕はあんころもちの載った木の皮を芝の上に置き、それを受け取った。おじいさんは、外ぶたにお茶を入れて、一口飲んだ。僕も真似するように一口飲んだ。
「いただきます」と言って、おじいさんは自分に近い、右端のあんころもちを取ってかじった。僕も左端のあんころもちを掴んで、かじった。甘みに、草の風味があるようだった。
 一個食べ終わった後、お茶を一気に飲んだ。
「君も絵を描くの?」
 トートバッグの方を見て、絵の具で汚れている薄緑色の用具入れが見えた。
「少しだけ」
「それはいい……もっとやってみようとは思わない?」
「もう少し、やってみたい」
「そう。じゃあ試してみたらいい」
 頷いて、トートバッグを手元に持ってきた。中を覗いて手を入れ、スケッチブックを探りだして、母親のことを思い出した。スケッチブックの隙間から、白い長封筒が零れ出て、その封筒の裏の左下には、母親の名前が書かれているのが見えた。
「はい」と言っておじいさんが手を差し出したので、白いふたを返した。