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「感じは掴めてきましたか」
 左隣で、岡本さんの声が聞こえ、目が覚めた。
 真っすぐ顔を上げたら、紅い眩しさがあって、薄くしか開いていなかった目をもっと薄めた。
 膝の上に、トートバッグが載せられた。それを見るのは、それほど眩しくなかった。
「そろそろ戻りましょう」
 と言って、岡本さんは疲れた無表情のまま立ち上がり、僕の前を通り過ぎて、奥の席に置いてある水筒を持った。椅子の前には、壁に凭れた、岡本さんの絵があった。
「置いていくんですか?」
「……僕はもう一度、今日ここへ来ますから」
 岡本さんは、一歩々々、自分の脚の感覚を確かめるように、ゆっくり歩いた。僕はそのほんの少し後ろをついていった。
 元生さんのお店が見えてきた頃に、
「君がここにいるのは、いつからですか?」
 と岡本さんは言った。
 一瞬、頭が真っ白になったけれど、すぐに理解して、
「昨日です」
 と答えると、岡本さんは振り返って、活気ある目になって、僕の目を驚いたように見た。
「じゃあ、今日は君の番かもしれませんね」
 と元の調子に戻って、岡本さんは言った。
 どういうこと、と訊こうと思ったけれど、元生さんの店の前に着いて、タイミングがなかった。
 店の中には、明かりが点っていて、岡本さんはふらっと、その中に吸い込まれていった。僕は店の外で立ち止まっていた。
「こんにちは」
「……岡本さん、珍しいですね、今日はもうお戻りですか」と奥から、砂を擦る足音と一緒に元生さんの声が聞こえてきた。
「また戻りますが、今日はちゃんと、参加します」
「それもまた、珍しいですね」
「彼が出るんでしょう、今日は」
 のれんの向こうで、岡本さんの顔は見えなかったけれど、声の後半の方も、体も、こちらを向いたように感じた。
 その視線に吸い込まれるように、中に入った。二人とも、こちらを見ていた。
「多分そうですね……それは、公夫くんが決めることですから……清二くん、一度公夫くんの部屋を訪ねてください」
 はい、と頷いて、店を出ようとすると、
「あ、待って、エスカレーターまで案内するよ」
 と言って、元生さんが並んだ。
「少し見ていてください」
 と元生さんが振り返って言うと、岡本さんは黙って頷いて椅子に座った。
 店を出ると、真っすぐ階段の方へは向かわずに、右へ曲がった。右へ緩やかに曲がりながら下っていき、その先の左と右への別れ道を左へ曲がり、少し行くと左手に、透明なチューブが、木々の間の斜面に沿って、上へと急角度で延びており、止まっているエスカレーターがその中にあった。
 その入口の前にある、二本の銀色の角柱の間に立つと、エスカレーターが動き出した。
「一番上まで言ったら、左に見えるから」
 僕が頷くと、じゃあまた後で、と言って元生さんは来た道を戻っていった。