夙川公園

「桜は、もう咲いていますかね」
「まだ早いんじゃないですか。また寒くなったので、開花も止まったんじゃないですかね」
 仕事帰りの道をそんな風に話していたら、電車の広告で、夙川公園が紹介されているのを目にした。自分の最寄の駅から、三つ行ったところにある、近場の桜の名所だった。今まで大阪ばかりに目を向けていたけれど、これからは兵庫の方に目を向けていこう、となんとなく思った。
 次の日の朝起きて、確かにまだ桜は咲き始めくらいだろう、と思ったけれど、夙川公園に行くことにした。どうせ一人で行くのだし、咲いていなくてもいい、と思った。
 阪急夙川駅を下りて、すぐの所に夙川公園があった。帯状に、細い川を間に挟んで、ずっと先まで続いているようだった。
 桜は、実際に咲き始めのようだった。それでも、花見客はちらほらといて、川端にシートを敷いて、お弁当を食べている家族や、男女や、女性達がいた。それぞれ微笑んで、風のような声で話していた。どんなことを話しているのか、今の僕には全然想像できないな、と思った。人工的に、辛く生きて、それによって出来ることもある。今は、今の出来ることをやろう。一手先さえ読めればいい、という棋士の言葉を信じよう。
 道はずっと、まっすぐ続いていた。その両脇には、木が並んでいた。小さな花を、ちらほらと咲かせていた。大きな幹の方にも、目を引かれた。逞しい、馬の脚のように力強い幹が多かった。
 公園のすぐ外側には、住宅街があった。音楽スタジオや、バレエスタジオや、造りの変わった建物もあった。芸術的、といってもいい空気感があった。風が前方からずっと吹いてきていた。近くに大きな川か海があるのだろう、と感じた。公園自体が、風の通り道になって、木々に囲まれて、澄んだ空気に満たされていた。
 夙川公園を抜けても、夙川オアシスロードが続いていた。向こうには浜があって、白いヨットが三隻見えた。道の脇には木々もなくなって、浜の方へ流れていく細い川と、住宅がぽつりぽつりとあるだけになった。建物の色は、白い色ばかりだった。
 緩やかな下り坂を行って、浜へ降りていった。そこにある看板には、御前先公園、とか書かれていた。大学生くらいの男女が、体の前に両方の手の平を出して、脚を動かさずに、押し合いをしていた。なんとか相撲、だったけれど名前は思い出せなかった。ずるい、と女の子の方が言い、なにがずるいん、と男の子の方が言い、だって押さなあかんやん、と女の子が言った。
 大きな川の方に歩いていくと、足下が砂から砂浜に変わり、次に湿った土に変わった。土の中には、貝殻や、藤壺が埋まっていた。
 川から一筋、浜の内側に切り込んでいる浅瀬があり、何羽か白い小さな鳥が、そこに集まっていた。
 キャ、キョ、と鳴いていた。近付き過ぎると、飛び立って離れていった。川からの風に吹かれて前に進まず、目の前をふわふわと浮いている鳥もいた。
 水際まで行くと、その鳥が群れていた。おしゃべりしているみたいに、鳴き合っていた。飛んで少し移動して、水面に降りる、を繰り返していた。水面にいる鳥は、足下を見ながら、足踏みをしていた。ぱたぱたぱた、と何回か脚を動かして、水面を荒立てて、水の中を覗き込む、というのを繰り返していた。水の中に顔を突っ込んで、顔を出して、また顔を突っ込む、というのを繰り返しているのもいた。足踏みをしている鳥が多かった。細い小さな足を、素早く動かしていた。何をしているんだろう、と思ったが、分からなかった。何かの成果が上がっているようには見えなかった。ふわふわ浮いている鳥や、足踏みしている鳥や、くるくる回って水の中を覗いている鳥をしばらく見ていた。風は強くずっと吹いていた。ヨットはいつの間にか遠くの方へ移動していた。