滑らかな運転

「この辺、全然変わってないなぁ」
と、武庫之荘に一人送った後、運転している女性は言った。
「ずっとこの辺りに住んでたんですか?」
と、当たり前のことを、助手席に座っている僕は、息を吐くように言った。
「そう」
と、変わらない調子で女性は言った。
「それで、今は尼崎なんですね」
と、単に声を聞かせたい気分になって言った。
「うん。尼崎からは、一回も出てないなぁ」
と、変わらない調子の声が聞けて、嬉しかった。
 少しぼんやりすることもある女性だったが、運転する様子は滑らかでしっかりしていた。自分の方がしっかりしている所もあるが、子供っぽく、彼女の方がぼんやりしている所もあるが、大人である気がした。ぼんやりして見えるのも、単に自分がきりきりしているだけのような気もした。
「これから帰ってご飯を作るんですか?」
「ん…娘は、まかないがあるから」
「飲食店で、バイトしてるんですね」
「私は、ダイエット食……」
「ダイエット食……?」
 信号待ちで彼女が振り返って、僕もほぼ同時に振り返って、大きく座っているリーダーの男性を見た。
「寝てる……?」
「すごいくつろいどった」
と少し笑って男性は言った。
 なんとなく、かったるい話を仕掛けている自分を責められている気がしたが、自分勝手な気もしたが、関係ない、と思った。彼女は、関係ないとは思っていなかったので、振り返ったのだろう、と後から思った。だからやっぱり、自分は子供っぽく、余裕がない、と思った。
「月末に、……さんの家に遊びに行くって聞いてる?」
「ちょっとだけ、聞きました。でも家狭いですよ」
「どれくらい?」
「4.5帖と4.5帖の二間で、片方はキッチンと一緒です……何人くらい来るんですか?」
「レッスンの後だから、10人くらいじゃない?w」
「それは、どんなに片づけても無理ですw……あ、そこ左です」
 結局、夕食には誘いそびれた。
「あ、ここやったっけ?」
「前通ってもらったとこより、細いかもしれない」
 焼肉屋が向かいに見える所で、曲がって細い道に入っていった。
「あの焼肉屋はおいしいんかなぁ?」
と、リーダーの男性は言った。僕はあいまいな返事をし、え、と聞き返された。
 僕は、本当はかったるいことが大嫌いだ。だから、自分をかったるくしないと、かったるいことを許せないのかもしれない、と想像したこともあるが、本当にかったるい部分も残念ながらある。
「みんなで焼肉でも行きたいなぁ」
「そうですね」
と、気を取り直して仕事中のようにはっきり言い、女性も何かしら、色んなことに気付いているような調子で、返事を返していた。