変な話

校正、は今の仕事でもやることがある。
これとこれが同じか、とちゃんと見るのは、気持ちいい部分もあるような気がする。作業としては最終工程だし、これで仕上がるのか、という喜びもあるような気がする。
何段階かに分けてそれぞれ別のところを見ていって、どんどん見る範囲を絞っていって、最後に全部きれいになる。どんどん目の細かいやすりに替えて、仕上げていくみたいな感じになるときもある。


でも、それを完璧にできる自信はない。本当にずっとやってる人がどういう気持ちかはわからないけど、最終的には自分は間違う人間だから自分の精度を信用しないという気持ちで居続ける、ということに校正の人はなる気がする。だから自分が間違ったらショックは受けるかもしれないけど、でも自分は間違う人間だとはわかっている、という感じになるような気がする。


文章を書きたいと思うけど、結構行き詰まる感じがする。何かしら、自分が書いてて不安にならないと、白けてしまって、それにすぐ捕まってしまう感じがする。すぐ固まって、冒険しても冒険にならないと勘違いしてしまうような、本当は固まっていないはずなのに袋小路に入ったように感じてしまう。


ものすごく大ざっぱに言えば、誰かの突拍子もない話に感化されたい。そう思えば、やっぱり母のことを思い浮かべるし、きっと母のことをちゃんと受け入れたら、母のおもしろさが降り注ぐような気がする。