ミス・ホリデー・ゴライトリー、トラヴェリング

 ホリー・ゴライトリーが守っていることは、瞬間瞬間に感じたことに、嘘をつかないということ。考えた上での自分の気持ちに正直になるとかじゃなくて、その瞬間に正直になるということ。そういう人の声は、とても響くし、周囲の人に夢を与える。夢には本物もまやかしもない。でも本人には手ごたえがなくて、自分の居場所を探し続けている。彼女の名刺には、『ミス・ホリデー・ゴライトリー、トラヴェリング』と書かれている。


 「どうして君は旅行中なの?」
 「カードに書いてあること?」と彼女は言って、不意を突かれたような顔をした。「それが何か変かしら?」
 「いや、変ってわけじゃないけど、なんとなく心をそそられるから」
 彼女は肩をすくめた。「結局のところ、私が明日どこに住んでいるかなんてわかりっこないでしょう。だから住所のかわりに旅行中って印刷させたの。なんにしてもそんな名刺を作らせるなんてまったくの散財だったわ。ただね、たとえ小さなものでもいいから、あそこで何か買い物をしなくちゃって思ったの。借りがあるみたいっていうか。ティファニーで注文したのよ」


 主人公の「僕」を、ホリーは自分の兄の名前の「フレッド」と呼ぶ。少し屈折した、小説家志望の僕は、彼女に振り回され続けるが、それを嫌だと思っていない。彼女に対する好奇心がずっと続いていて、友人だと感じている。彼女は社交的で、著名な知り合いがいっぱいいるが、友達は一人もいない、と思っている。
 いつか、ティファニーで朝食を、と彼女は思う。僕はそれほど高価でないものを、ティファニーで買って彼女にプレゼントする。彼女の部屋はひどく散らかっていて、どうせすぐになくしてしまうだろう、と僕は思う。実際に物の山に埋もれてしまうけれど、ある時彼女は僕に、あなたがくれたあの(ティファニーの)聖クリストフォロスのメダルを見つけておいて、旅行にはそれが必要だから、と言う。

ティファニーで朝食を (新潮文庫)

ティファニーで朝食を (新潮文庫)