長く続いていること

長く続いていること、といえば、なんだろうか。家族との付き合いは、当り前だけれど、長い。兵庫にも、大阪にも、高知にも、家族はいる。
今の仕事は、初めて2年が経った。2ヶ月間だけ一緒だった、僕に仕事の引継ぎをしてくれた人の夢を見た。彼は愛用のマウンテンバイクに乗っていて、僕は父の運転する車の助手席に乗っていて、その車に並走している(速い!)彼と久しぶりに再会するのだった。何しろスピードが出ているので風の音がうるさく、声はほとんど聞こえない。
「今も、友達の仕事を手伝ってるんですか」と僕は言うが、聞こえていないようだが、彼は笑顔で頷いて、何かを言う。その声も、僕には聞こえないが、元気、と言っているような気がしたので、僕は頷いた。僕も彼も笑っていたので、良かったと思った。彼は辞めるとき、温かい見送られ方をしたわけではなかった。15年以上も働いていて、一番古い人だった。周りの人からしたら、投げ出して辞めた、と受け取ることも確かに出来たのかもしれないが、彼の言い分を聞けば、仕方ない気がした。体調の問題もあったし、もうこの仕事には疲れ切っていたのかもしれない。僕は彼の辞め方に、自分を重ね合わせる所もあり、責める気持ちは起きなかった。例えそれで自分が大変な目にあっても、それは彼のせいではない、と思えた。実際にその気持ちは変わらなかった。それが嬉しかった。今の仕事が今の所続いているのは、自分の心が強くなったからでもなければ、自分に技術が付いたからでもない。それらは二番目以降の理由で、一番目は、自分に合う所があるということだし、これだけ合うことを選んだんだから、辞めたら後はない、倒れるなら前向きに倒れよう、と前回の仕事を辞めた経緯を色々思って、そんな心境だった。辞めさせられて辞めるなら、合格にしよう、と思った。
昔、まだオンラインゲームがなかった時代、僕が子供の頃、うちに4人友達が来て、コントローラーを五つ使って、5人でアクションゲームをやっていた。職業を選べるのだが、僕はいつも僧侶を選んだ。僧侶は、攻撃力も低く、動きも遅いし、体力もない。でも全ての職業の中で唯一、体力を回復することが出来る。味方の体力を回復したいときは、味方の所まで走っていって触れて、回復の魔法を唱える。敵の攻撃を遅い足でよけながら、味方の所まで行って、回復する。また別の味方の所に行って、回復する。向こうからこちらに走ってくることもある。今の僕の仕事は、そんなようなものだ、と思うときがある。
子供の時、ゲームを作る人になりたかった。それに、魔法使いにもなりたかった。そんなことを知っている友達は当時、ライターの火を激しくさせる方法を使って、大きな火を作ってみせて、こういうの好きでしょ、魔法使いになりたいんなら、とからかうように言って、僕はむっとしたけれど、やっぱり僕は、火炎放射器が欲しいんではなくて、何かを身につけたい願望が強いんだろう、と思った。気の弱さを補うために、自分に色々身に着けさせて、それで何とか社会でやっていきたかったんだろう、と思った。ゲームは、3歳くらいからやっていたし、自分ならこういう風にする、と思うことが多かったから、作りたかったのだろうし、実際エディット機能が付いているゲームだったら、作って友達にやってもらったりしていた。学校にも、ノートにすごろくを作ってもっていったり、画用紙を切り貼りして工作して、サッカーゲームを学校に持っていったりした。今思えば、随分思い切ったことをやってるなという気がする。何かを作りたい願望も、ずっと続いているんだろうから、今も何かを書きたいんだろう。ゲームには限界があるような気がして、生活の変化もあって、小説の方に気持ちが移っていって、そういう大学に入りたいと思った。その大学のパンフレットには、モノクロの、O先生の授業をしている姿が写っていた。それが誰かは知らなかったが、その姿に、わくわくする気持ちが起きたのだった。調子に乗って、志望する大学は、その大学一つしか書かなかったし、他を受ける考えにならなかったし、願書受付開始のその日に出したから、受験番号が001になって、緊張してしまった(先週のお笑いのライブだって、そんな感じだった)。004の女の子は面接で、自分は子供の頃失語症になってしまった、書くことが私の表現の全てだった、とはきはきと喋っていた。002の子は自分の趣味を喋りすぎて、D先生の質問とは違う答えをしてしまっていて、D先生は少し苦笑いをしていた。僕はというとテンションが上がりすぎて、妙に熱く喋ってしまい、ちょっと場違いな感じだった。感覚を大事にしたいというようなことをいい、感覚とはなんですか、と質問され、困って色々と喋ってしまったけれど、全く覚えていない。004の子に負けたくないと思って、熱くなってしまった。004の子と8号館の階段でばったりと会い、おつかれさま、と笑顔で挨拶をされ、挨拶を返した。彼女は颯爽と歩いていった。あの子は多分、違う大学に行ったのだと思う。
大学時代に、親友と連絡がとれなくなった。それは、今でも心の整理がつかないけれど、心の余裕が、僕にも彼にも、なくなっていたことは確かだった。彼にも新しい人間関係があり、僕にも新しい人間関係がある。小説を紹介してくれたのも彼であったし、彼も小説を書いていた。彼は色んな事が出来たから、もっと他のことがしたくなったのだろう。それに、小説では食べていけない、ということに、絶望的になってもいた。僕に責められているような気分にもなったのだろうとも思う。実際にも、そうしたかもしれない。確かに、心無かったかもしれない。
雨を数えるは、2ヶ月間休んでしまった。本当に長い小説というのを、書いたことがない。それにしても、僕は別れるのがいつまでも下手だ。だから今は、別れる練習をしているのかもしれない。今の会社に入って、数えてみると、11人の人と別れた。それらの人と、それからは一度も会っていない。こつとしては、基本的には、僕に言えることは何もない、ということを理解すること、その上で、何かを少し言ってみるということ、かもしれない。今の所、そういうことをしてみているが、今の会社に入ってずっとお世話になっている他の会社の人と、来年の春に別れることは決まっていて、その人と別れる時は、ちょっと激しくなってしまうかもしれない。別れがあるということを考えて、もっと本気にならないといけない、と自分を叱咤することもある。厳しくはならなくてもいいから、本気になりなさい、と。対象は、問題ではありません。あなたにとって自然な対象なら、それでいいです。それ以上厳密になる必要はありません。それは、あなたの考えの及ぶところではありません、というようなことを言われている気がする。実際、僕の考え方は、ことあるごとに変わってきた。考えることは使い捨て、といえば激しすぎるかもしれない。前に進めたら、身過ぎ世過ぎのために役に立てば、とりあえずはいいということにしよう。僕は山のようにいろんなことを誤解して生きてきたし、これからもそうだろう、ということにしよう。
一番長く続いていることは、生きていることです、と言ってみたって、何も分かりません。とりあえずは、多分僕は明日の朝、仕事に行くと思います。小説も、書いてみると思います。このままずっと同じ状態ではいられないし、先のことも考えていきますが、今の所は、思いつきません。