2008-01-01から1年間の記事一覧

小川国夫さんの『止島』より

――荒れはてていましたがね、あのころは毎日が輪郭鮮明じゃあありませんか。今は毎日がどんよりしています。灰か土埃をかぶっています。 ――本当だ。それは本当ですね。 ――以前のほうが澄んでいます。 ――わかった、岩原さんは原始人なんだ。 ――人間はみんな原…

その人の向こう

自分に似ている人に初めて会った、という感想が一番にあった。 手と、歯と、声と、肌は、この人にかなり近い、と思った。 人から見ると自分はこんな感じか、とその人を見て、客観的に自分を見れたような気もした。 高知は、植物が荒々しく、南国のようだった…

その前に少し何か

古い知り合いの女性に、突然会いにいくことになりました。 5時間なんて、あっという間です。 20年以上会っていないし、顔も全く覚えていません。 会っても何も感じないことを一番恐れていて、会うのをためらっていたけれど、 突然その気になり、段取りを…

13

「まだ、清二くんは、何も考えなくてもいい」 母の声が聞こえた気がした。 ぼんやりとして、半分眠っていて、ここは何処なのか、と思い、母は僕がここに来たこと、ここにいることを、知っているのだろうか、と、半ば自分のことを、他人事のように思った。け…

間違えたい欲求

堅物は精神病になるかもしれんから。すけべはならへんから、○○くんも彼女を作った方がええかもしれんで、と彼女は言った。 寂しいから、ではなく、すけべだから、という理由の方が、しっくりくるのかもしれない。もしくは、男らしいのかもしれないし、相手の…

休日の電話

彼女の写真は、一枚も残っていない。全て燃やした、忘れようとして、と聞いた。 なので、会ってみないと、姿が分からない。 でも、なんとなく、美人だった気がする。 小さい頃は、沢口靖子さんをテレビで見るたびに、彼女のことを思い出し、 似ていた気がし…

共苦的想像力

優しい、という字面に惹かれる。強い感じも、温かい感じもある。やさしい、となると、少し弱い感じがする。 エゴの汚れをとったらエコになる。 共苦的想像力。 ○○(尊敬する人)ならどうするか。 和顔施、眼施、言施、心施。諸法無我。 胸から声を出すこと。…

チーズケーキ

今日は、質問をします。5歳の頃、好きだった食べ物はなんでしょう。覚えてる? 覚えてないけど……ハンバーグ? そう! ハンバーグ。とやきにくとチーズケーキ。覚えてないけど、チーズケーキはいまでも好きやから、分かる気がする。 人目を気にしたらあかんで…

12

岡本さんに近付いて、話しかけられないで立っていると、 「決まりましたか」 とキャンバスから目を離して、少し疲れたような苦い笑顔で、岡本さんは言った。少しあって、僕が首を横に振ると、 「途中でもいいですから、また描けたら見せてくださいね。ぼくは…

全く分からないということ

実際にあったことではない文章を書けそうな雰囲気を持っているな、と思えるときは、口からはうまく言葉が出てこない。その逆のときもある。あちらを立てればこちらが立たず、捨てる神あれば拾う神あり、という感じがする。 目を瞑ったときに、ごちゃごちゃと…

悲しみいたむこと

貪(とん)は好ましい対象へのこだわり、瞋(じん)は不快な対象へのこだわり、とあって、毒とされていますが、悲しむことを、毒と書かれているのは、読んだことはありません。 怒りを捨てろ、というのは、それに意味がない、誰にも利益がない、ということに…

浮かぶ瀬もあれ

何に、ということを抜きにして、誰だって信仰心を持っている。信仰心というのは、何かを丸呑みにして受け入れること。根拠のないことを信じるということ。信仰をもつ、ということは、自分の丸呑みにするものを決めること。無意識だけではなく、意識的に丸呑…

11

街の方を見ながら、時々立ち止まり、辺りを歩いてみたけれど、中々好きな所が見つからなかった。おじいさんは絵の前で、じっと座っていた。 街の方を見るのをやめて、小屋に近付いていった。恐る恐るドアを開けて、煙の匂いを嗅いだ。何とか入れそうだと思い…

『文学と人生』2

同じものの中の異なっているもの、異なっているものの中の同じもの、を書こうとしてきた、と小島信夫さんは言っている。それは無でもなく有でもない、空に到る道、という感じがする。絶体絶命の時の2択、どちらにも救いがないと思える時、どうするか? 分か…

感慨のないくらいに

古い知り合いの女性から、毎日だいたい午後6時頃、電話がかかってくる。タイミングが良く、今の所、ほぼ全ての電話に出ている。今日聞いたのは、いちご狩りに行ってきたということ。70個ほど食べたという。そんなに、と少し思う。昨日は父に電話したという…

一人でやること

どうすれば、何にも頼らずにいられますか、と聞いて、文学を一番に考えてください、という言葉を思い出した。自分の中に、一つ柱を据えなさい。 理屈を捏ねるのはなしです。腰を引かずに、やってみなさい。あちらへこちらへ行きたいとは、もう思わない。 手…

先週末

小川国夫さんのことについて、何か書こうとしています。 静岡県は藤枝に、駆けつけようとして、駅の階段で転びました。 お墓参りのときには、絶対に転んではいけない、良くないことがあるから、と子供の頃よく言われました。 あれは本当は、気が動転していた…

10

「それは、元生くんにもらったの?」 筆を足元のパレットに置いて、振り返り、僕の持っているトートバッグの中を覗き、少年ような口調で、少し高い声で、おじいさんは言った。 頷くと、 「お茶を持ってきているから、一緒に食べようか」 と言うと、おじいさ…

『文学と人生』

万年筆が、洗濯機から出てきた。あるシャツの胸の所に青黒い染みがあったのは、そういうことだったのか、と気付く。でも、万年筆はぴかぴかになっている。部屋を少しだけ片付けて、瞑想をするが、すぐに眠ってしまった。なんとか起き上がって、洗濯物を干し…

質問の答え

古い知り合いの女性から、度々電話がある。『公衆電話』と画面に表示されたら、ほぼ間違いなく彼女の電話だ、と分かる。彼女と話すことに対して、恐怖心はほとんどなくなっている。彼女が表面的に変なことを言おうとも、その向こうにある感情は、変でも何で…

品を捨てる

底辺を知らない、と爽やかに言われた後、僕が思ったことは、ある種の上品さを捨てる、ということだった。体裁なんて保たなくてもいい、手段なんて選ばなくてもいい、そんな豪気さがあった方がいいんじゃないか。 宗教的な、偉大な存在を思うとき、危険なのは…

同人

一昨日の春分の日に、同人誌の編集作業があった。普段は校正をして、デザイナに訂正作業をしてもらったりするけれど、この日は反対だった。InDesignを触るのは、久しぶりで、手探りでやり方を思い出していった。デザイナは毎日これより遥かに大変(写真も入…

優しい声

古い知り合いの女性から、久しぶりに電話があった。携帯電話を開くと『公衆電話』と表示されている。それを見ただけで、あの人だ、と気付く。出ようか出るまいか、少し迷った後、今日は出ることにした。 あの人は、映画の話をする。これを見た方がいい、と勧…

ここは○○

ここは淡路島。と唱えると、ふっと我に返ったり、心が落ち着いたり、緊張が解れたり、疲れが取れたり、気持ちが明るくなったりする。少しだけ。その時僕が思い浮かべるのは、今年の正月の淡路島の、澄んだ空気のことと、実家の暖かい居間のことと、自分が小…

どちらにしても、乱されたくないという気持ち

今週は、仕事が忙しかったけれど、不思議に元気は尽きなかった。嫌なこともないわけではなかったが、必要とされている感じは絶えず消えなかった。徹夜明けの木曜日には、妙に注目される。周りが大騒ぎになっている。不思議な気持ちだった。僕よりも忙しい人…

ある芸人

女性は、下ネタをするのが難しいし、乱暴なことを言うとすぐに下品に見えるし、裸になることも出来ないと、男性よりも芸人として不利なことが多いと言われるけれど、彼女がやっていること、精神が異常な感じは、男性がやると下品というか、もっと目も当てら…

好みが激しい

一日中、同じ曲が頭で流れている。 薄い紙で指を切って…… でもうるさくは感じない。 自分の声が鳴っているよりは、ずっと静か。 校正の精度が一番高いときは、楽しんでやっている時。 これまで気負ってやったり、力を抜いてやったり、心の持ち様を、色々と試…

林を抜けて、舗装された道の上を歩いていくと、左手に白い煙が上がっているのが見えた。その煙を見上げて、丘を登っていき、登り切る時には、煙を見下ろすようになっていた。 山の麓にある、街の姿が見えた。高い建物はなく、ところどころに森のような緑の固…

青年

帰りの電車で見事に座って、うとうととしていたら、左側から圧力を感じる、そのうち、肩に重みを感じる、ふと見たら、青年が眠っていた。青年なので、特に嬉しくはない。が、青年の感じは、それほど悪くはない。が、すぐに立ち上がって最寄の駅で降りる。い…

匂いと問題

無意識的にしろ、意識的にしろ、どういうつもりでその匂いを感じているか、ということが、その匂いの印象にとって、大事かもしれない。 食べるつもり、身に付けるつもり、そこへ行くつもり、その人に会うつもり、などなど……。その問題には、それがどういう問…